Dawid Planetaインタビュー:うつ病との闘いを芸術へ昇華


“Show me the way”, 2019, ©Dawid Planeta


Jet-Black Galleryでは、注目すべきアーティストのインタビュー記事を日本語と英語の2言語で定期的に掲載していきます。インタビュー企画の第一弾は、ポーランドを拠点に活動するアーティスト、ダヴィッド・プラネタ(Dawid Planeta)。

プラネタの出世作である”Mini People”シリーズは、彼自身が患ったうつ病を通じて経験した精神的な旅を可視化した作品群。同シリーズをきっかけにして米国を中心に人気に火がつき、インスタグラムでは6万人を超えるフォロワーを抱えています。2020年3月には、米国シアトルにあるRoq La Rue Galleryで“The Unknown” *と題した個展を開催しました。うつ病との闘いを芸術へと昇華するダヴィッド・プラネタのインタビュー、是非お読みいただけたら嬉しいです。

*ダヴィッド・プラネタによる個展の詳細情報は、ポーランドのアート・カルチャー・旅を発信する情報サイト「Z POLSKI(ズ ポルスキ) 」にて掲載されています。インタビューと併せて、Z POLSKIの記事もお読みいただけたら幸いです。
Z POLSKI : http://zpolski.net/

 

— 簡単に自己紹介をお願いします。

ダヴィッド・プラネタです。ヨーロッパで最も美しい街の一つとされ、ポーランドの学問・文化・芸術の中心である、クラクフで生まれました。両親ともにアーティストだったおかげで、僕はアートに囲まれ育ちました。自然好きな両親だったので毎週末、森の中にある小屋で一緒に過ごしました。数年後、あの時間(森の中で過ごした時間)が、自分の感受性や観察力を育てる上で、いかに大切だったかを認識しました。今でも自然は、僕にとって偉大な教師であり、疑問に対する答えへと導いてくれる存在です。

高校卒業後、クラクフにあるヤン・マテイコ美術アカデミーで工業デザインを勉強しました。そこでは、人のために働く事や規則に従うという事を基礎としたデザインを学びました。しかし、そのような生き方は自分には向かないという事をその時実感しました。自分の創造性において、ルールや要件の範囲内に収めながら、新しいやり方を見つけることは、とても難しいように感じました。しかし、そのようなやり方に挑戦するということは、自分にとってとても貴重な経験になりました。

そのような経験を経て、僕はやはり、自分なりのやり方を見つける必要があると考えるようになりました。そんな頃、僕は大学で勉学に努める傍ら、デッサンとアートコースを受け持つ教師としても働いていました。他者に教える事、そして知識を共有する事。それは僕の人生の中で最も価値のある経験であると同時に挑戦でもありました。誰かがやり方を教えてくれる訳ではなかったので、自分自身で試行錯誤し、そして自分の好きなように、僕なりの道筋を作っていきました。

“Deep Forest”, 2017, ©Dawid Planeta


— アーティストを志す具体的なきっかけはありましたか?

覚えている限り、僕はずっとアートに囲まれて過ごしてきました。しかし、アーティストになる事、もっと正確に言えば、自分が何者であるのかを認識するのには、長く困難な過程があって、それは今も続いています。自分が考え、欲した事の多くは、僕自身が望んだ事ではなく、社会によって強いられた事だったと分かるのには時間がかかりました。僕にとっての幸せな人生とは何か?その理想像は、映画や広告から発せられる「幸せになるにはこうしよう!」というイメージに大きく左右されてしまいます。「もう一つ買おう!もっと大きな家にしよう!もっと良い車にしよう!」結果、本当に幸せになる事や何かを成し得る事よりただ買う事や手に入れる事が優先されてしまいます。

この社会の中で理想の幸せと現実の世界には少しだけ距離があるという事。実際にアーティストになるためには、こういった事を認識し、一歩引いて見ることが必要です。自分が望む世界だけではなく、ありのままの世界を見る事。他者が好むか否かを考えず、自分の好きな事だけをするのには、とても勇気が必要です。皆、自分らしさというものが好きだけれど、ありのままの自分をさらけ出す事には、すごく恐れてしまうものです。時として人は、自分の人生に対する責任から逃れるために、隠したり偽ったりする事があります。そして、自分の立場のために他人を非難する事もあります。でも、そんな生き方を変えるチャンスは常に目の前にあります。アーティストとして生きて行く事、それこそが変わるためのいい機会だと僕は思います。


— “Mini People”シリーズは、あなたの作品の中で最も有名なものだと思いますが、いつ、どのようにしてあのような素晴らしい作品のアイデアを思い付いたのですか?

僕は十代の頃、他人の理想に合わせたり、期待に応えようと努力を惜しみませんでした。そんな頃、自分の事が徐々にわかり始めたと思ったら、突如、自分の望む事や自分が何者かって事が、全く分からなくなってしまいました。僕は完全に道に迷ってしまいました。不安やうつに苦しみ、外に出るとパニック発作が起きるので、部屋から離れるのが怖くなってしまいました。以前、夢中だった事は、無意味で退屈なものだと感じるようになり、僕は、自分の無気力さに打ちのめされ、人生の意味そのものを失ったように感じる程になってしまいました。

その後、Mini Peopleシリーズ初の作品(Deep Forest)を制作しました。軽い感情の高ぶりを感じたのは、ここ数ヶ月で初めての事でした。暗闇の中にわずかな光が差し込み、そして新鮮なそよ風が僕の中に吹き始めました。僕は、この光を灯し続けなければと思いました。これは暗闇から抜け出すためのチャンスなんだと。自分自身を見つけ、自分の人生を変えるためにこの光を追いかけようと思い始めました。

“Treasure”, 2017, ©Dawid Planeta 

 

— “Min People”シリーズでは、重厚で暗い色が効果的に使われています。作品制作において色を決めるときは、どのようなことを考えていますか?

最初は、作品の形も色もそれほど複雑ではありませんでした。黒と白のみのシンプルなものでした。その後、新たに一貫したスタイルを作り始め、作品に躍動感を与えるため、異なったトーンを試し始めました。作品を生み出す際、僕は魂を宿すための場所作りをしていると思っています。そこは、自分が表現したいエネルギーに適している必要があります。そうでないと、作品に活力が生まれず、見る人は“空っぽ”の作品を見せられているように感じてしまいます。

アート作品を生み出す上で一つ重要な事を覚えておいて下さい。アートはただ自分のためだけに生み出すのではなく、自己満足を超えるものを生み出す行為であるという事を。この世界をより良い方向へ導くための扉。それこそがアートであるという事を。他人が自分の作品を好きになるかどうか。それが”良い”のか”悪い”のか。こういった事が興味の全てである限り、扉は閉じたままです。扉を開けるためには、思考ではなく、心の底から制作に取り組まなければなりません。僕が作品に暗い色を使う理由は、それが作品に魂を吹き込む色であり、未知の魂を呼び込む色だと信じているからです。


— ポーランドのクラクフで生まれ育ったとのことですが、自国の文化や習慣は、あなたの作品にどのような影響を与えていると思いますか?

僕の作品は、人々の潜在意識、そして思考や感情に寄り添って創作しているため、それらは普遍的な価値のある領域に及んでいると思います。僕の作品には、どのような文化の中で育った人々にも伝わるストーリーを込めてあります。例えば神話によくあるような、英雄の物語。ある男が平凡な世界を追われ、その後、恐怖と対峙し、自分の弱さに打ち勝ち、内なる強さを見つけ、最後には劇的な変化を遂げ戻ってくる。暗闇に落ち、人生の困難に立ち向かい、光を見つけ、正しい道を選択する。このような物語は、世界中の人々が経験し得るので、ポーランド文化だけが僕の作品に影響を与えているとは言い難いです。

しかし、ポーランドの歴史を見てみると、そこには暗い時代を過ごした多くの人々がいた事が分かります。近年に起きた悲劇や惨事も多くあり、それらは未だに人々の心の中に残っています。僕の両親は、共産主義でつらい経験をし、祖父母は第二次世界大戦を経験しました。まだ2世代しか経っていない今、あの辛い過去を打ち消すにはまだまだ時間が掛かりそうです。そんな過去の記憶のせいで、未来に対する恐怖や不安が、今尚ポーランドの人々の潜在意識の中に深く刻まれています。そういった事柄が、深い部分で僕の作品に影響を及ぼしているのかもしれません。僕の作品の核となる部分、それは過去に対峙し、今も消えぬあのモンスター達との戦いの旅なのかもしれません。

“Wisdom”, 2017, ©Dawid Planeta


— 主にデジタル技術を使って作品を制作されていますね。どのようにしてデジタル技術を表現手段として選んだのですか?

表現手段と技術に関しては、自分に何が適しているのかを見つけるまでに結構時間がかかりました。学校でドローイングやペインティングの勉強はしましたが、それらの表現方法が僕にとって最適だと感じたことは一度もありませんでした。2017年から、伝統的なコラージュに取り組み始めました。コラージュを制作し、僕は確かなものを表現していることへの高揚感を初めて感じました。これらの作品群は、自分が抱いたことさえない感情を呼び覚ましてくれました。僕は、こういった感情をいつの間にかどこかに置いてきてしまったのだと思います。このような経験から僕は自分の潜在意識とつながる表現方法に辿り着く事が出来ました。この経験は、すごく特別な瞬間でした。しかし残念な事に、その当時の作品(後に発症するうつ病の前兆の見え隠れした作品)は残念ながらどこかに失くしてしまいました。今は、その作品を撮影した写真しか残っていません。

自分にとって最も効果的な制作方法は、既製の要素を使い、それらを新しいものに再編成することだと気づきました。僕は真っ白な紙よりも既存の何かをキッカケにして制作を始めたいんです。試行錯誤の末、僕はPhotoshopを使ってより自由にコラージュを作るようになりました。その方法は、このような感じです。まずいくつかの素材をPhotoshopで加工します。そしてそれら個別の素材を念入りにブレンドしていきます。丹念に、そして根気よくブレンドして行くと、いつしか個々の素材の存在感が消え、新たに一枚の作品が誕生する瞬間が訪れます。僕はずっとこの様な自由な感覚を探していました。そしてデジタルツールが僕にその自由を与えてくれたのです。遂に僕は、自分流の創作スタイルを確立する事が出来ました。


— 日本に関連した質問をしたいと思います。日本の第一印象を教えてください。また、アーティスト・音楽家・作家など、芸術に特化して日本から影響を受けた人やものはありますか?

日本との初めての出会いは、子どもの頃に父親が家に持ち帰ってきた写真集、前田真三の「奥三河」でした。それを見た時とても新鮮な感覚が僕を包みました。写真の構図もその内部に潜む美学も僕が当時知っていた写真の常識とは一線を画していました。この写真集は僕にとって、異なった文化、異なった世界、異なった思考への窓口となりました。その後、とある日本庭園の写真を見て、ミニマリズム的な美学にすごく感動しました。人工的な装飾を極力排除し、自然本来の持つ「極上の美の形」を表現する日本庭園。1から新しいものを作るよりも、自然との調和によって生じるパワーを糧に創作をする事。その素晴らしさを日本庭園は僕に教えてくれました。

日本文化は僕の身近にあり、その感覚は自然との関係に非常に似ています。本来、自然と調和しながら暮らすことは基本的な事ですが、ヨーロッパではその様な考え方は軽視されてきました。元々は、自然を尊重し、大事にしながら生きていた人々も、いつしか自分たちが管理でき好きなように使えるものを優先する様になってしまいました。僕はいつも自然に対して深い愛情と憧れを持って接しています。僕にとって自然とは、答えを見つけられる場所。自然とは、心からリラックスできる場所。そして自然とは、本当の自分と向き合う事が出来る場所です。僕はいつも自然との間に、精神的な繋がりを感じながら、日々を過ごしています。僕が刺激を受けた日本のものはたくさんあります。美しい伝統的な建築、引き算の美学によって作られた室内装飾、音楽。その音楽の中でも特に好きなのが、少ない音でオーケストラ全体よりも豊かな表現のできる尺八。そして優しく落ち着いた音色の琴です。僕にとって日本は未だ神秘に満ち溢れた場所ですが、自分の作品や生き方に大きな影響を与えてくれたインスピレーションの源と言えます。

“Unknown”, 2018, ©Dawid Planeta


— 近い将来、アート関連で何かワクワクするような計画があれば教えてください。

僕の将来の計画は、自分が人生で進むと決めた道を探求し続ける事、作品を制作し人々と僕のアートを共有する事です。その時には、アート以上の何かを共有出来れば最高だと思っています。うつ病を通じて経験した事を生かして、何か美しいものを生み出し、それらを多くの人々と共有し、インスピレーションを与えられたらと思っています。僕は人生の案内人として、自己探求を続ける人々と関わっていけたらと思っています。僕は常日頃、具体的な計画は持たずに、ただひたすら自分の進みたい方向を見据えながら日々の生活を送っています。そんな無計画な僕の生き甲斐としての夢。それは、アーティストのための空間を作るという事です。誰もが来ることができ、本当に人生で必要なものがなにかを見つけられる。そんな場所をいつか作る事が僕の最大にして最高の夢です。

 

 

ダヴィッド・プラネタ(Dawid Planeta)
ポーランド出身のアーティスト、グラフィックデザイナー。“Mini People in the Jungle”シリーズは、アーティスト自身が患ったうつ病を通じて経験した精神的な旅を可視化した作品群。同シリーズについて、プラネタは「自己探求のために暗闇と混沌の中に落ちていく男の物語」と言う。

https://www.instagram.com/minipeopleinthejungle/
https://www.behance.net/dawidplaneta